鹿児島で手作り!!三つ折り財布一本勝負の店|みつおり屋さん 
【みつおり屋さん 鹿児島ものづくり】

わたくし、鹿児島にて革製品を手作りしております。

ということで、鹿児島のものづくりについて調べてみました( ..)φメモメモ


この鹿児島にて、偉大な職人の先輩方へ敬意を込めつつ、手始めに、いわゆる「伝統的工芸品」について書いていこうかと考えております。

調べ始めてまず初めて知ったのが、伝統的工芸品は「国指定」と「県指定」のものに分かれております。

「国指定伝統的工芸品」は経済産業大臣の指定を受けたものになります。
「県指定伝統的工芸品」は、各都道府県の指定を受けたものになります。

*伝統的工芸品とは、昔ながらの伝統的な技術と材料とで作られる、生活の中で長年使い続けられている工芸品を指します。


国指定伝統的工芸品 (全3品目)
【本場大島紬】
大島紬は、およそ1300年もの歴史を持ち、絹織物の最高傑作と称される素晴らしいものです。

手作業にておこなわれる製作工程は30を超え、図案の作成から反物の織上がりまで少なくとも半年。緻密な図案になると一年以上もの時間を要します。

大島紬は独自の技法である「テーチ木泥染め」により染色を行います。
この技法は、7世紀の中頃から存在する大変古い技法になります。

また大島紬の特徴として、その緻密で独特な絣模様があげられます。
泥染めを連想させる、灰色の生地色、そこにアクセントの赤い糸などが取り入れられ、他にはない味わいがあります。

さらに、生地は軽く暖かいのが特徴となります。


【川辺仏壇】
生まれてからこれまでの37年間、ず〜と鹿児島人。
申し訳ないですが、まったく予想していなかったです。
申し訳ありません (+o+)

まず、「なんで川辺?」と思いましたが、南九州市の川辺町には、
有名な「磨崖仏」や「かくれ念仏」などがあり、昔から仏教と密接な関係があったことがわかりました。

川辺仏壇は、その豪華さと堅牢な造りから仏壇としての人気は高いそうです。

その製作工程は、木地・宮殿・彫刻・金具・蒔絵・塗装・仕上げの7工程に分業され、そのすべてに専門の職人がいるのです。

ほぼ手作業で製作され、それぞれの職人さんが自分の仕事に全力で取り組む。

そして、みんなの力の結集で出来上がる「川辺仏壇」。

自分の無知が恥ずかしい・・・。


【薩摩焼】
薩摩焼は、「白薩摩」と「黒薩摩」に分けられます。

白薩摩(別名:白もん)
白薩摩は、鹿児島の旧東市来町の美山という地域にある、苗代川窯で焼かれていた陶器を指します。

色は乳白色(うすいクリーム色)で、表面には貫入(かんにゅう)とよばれる
細かなヒビが入っているのが主な特徴としてあげられます。

白薩摩は、藩主の御用窯から発展し、金・赤・緑・紫・黄などの鮮やかな絵付け
がほどこされております。
絵柄は、動植物や風景を繊細な線で表現しております。

上層階級が贈答の品として使用したり、その中でも特上のものは藩主用として用いられました。

また、幕末に開催されたパリ万博に出品されたのを期に、海外でも人気を博し、
その後「SATUMA」として輸出されました。

黒薩摩(別名:黒もん)

一方黒薩摩は、庶民のための日常使いの器として作られています。

材料として鉄分の多い火山性の土を用いているため、黒く光沢のあるどこか素朴な陶器です。
有名なものでは、焼酎に燗をつける際に用いられる「黒千代香(くろじょか)」
があります。

*薩摩焼は、朝鮮に出陣した島津家第17代当主の島津義弘公が、陶工を連れ帰ったことが始まりだといわれています。
 
*他にも、輸出用に京都で製作された「京薩摩」や東京・横浜で製作された
「横浜薩摩」と呼ばれるものも存在します。



県指定伝統的工芸品 (全33品目)

・奄美の芭蕉布
 芭蕉布とは、植物の「芭蕉(バナナの木の仲間)」から糸を作り、その糸を
 織って作られるものです。
 13世紀ごろに東南アジアから奄美に製法が伝わったといわれています。

 芭蕉布は風とおしが良く、肌触りもさらりとしているため、南国奄美の気候
 風土に適した織物と言えます。

・伊集院太鼓
 伊集院太鼓(伊集院の太鼓)は、郷土芸能の太鼓踊りや神社の祭典に使用する
 宮太鼓など、幅広い用途の太鼓が製造されております。

 太鼓作りは、牛皮の加工と木製の胴部分の加工に分かれ、最後に二つを組み合
 わせることで完成します。
 伊集院太鼓の皮には、引く力に対して強い赤牛皮が用いられています。

・御座敷すだれ
 御座敷すだれは、竹の表皮を薄くむいたあと節を揃え一定の厚さに剥ぎ、
 模様編みをして製作されます。

 夏に活躍する御座敷すだれは、竹林の多い鹿児島ならではの一品です。


・加世田鎌/加世田包丁
 加世田鎌そして加世田包丁。
「加世田」は人物名ではなく、生産される地名(加世田市)からきています。

 槌で鍛え上げられた打ち跡が、魅力である。
 鋼を軟鉄で包み、日本刀と同じように、職人が何度も何度も鉄を鍛え上げその
 刃物は完成します。

 丈夫で切れ味が良く、400年物長い歴史がつまった一品です。


・甲冑
 鹿児島の薩摩川内市で生産されております。
 その甲冑は、時代劇の撮影用や装飾品として、日本一のシェアを誇ります。

 細部まで再現された鎧や兜は、実際に着用して撮影とうに用いられることが多
 いため、その素材は現代に合わせたものが使用されることが多いです。

 その繊細な仕事は、様々な工程を経てうみだされます。


・蒲生和紙
 手漉きらしい薄いベージュの色あいが、蒲生和紙の魅力のひとつである。
 見た目は繊維のざらつきをイメージさせるが、実際手取ると、柔らかく手漉き
 ならではのぬくもりを感じさせる。
 
 藩政時代の殖産興業により発達した手漉き和紙は、県内では蒲生などのわずか
 な地域だけになってしまいました。
 しかし、手漉き和紙にしかだせない魅力を求めるファンは多く、県内外で
 高い人気を誇っております。


・香箱
 香箱は、海神の娘である豊玉姫が、山幸彦とのお輿入れの際の調度品として持
 参した、化粧箱を模したものだと伝えられています。

 割木で作られた素朴な箱に、赤や黄色・そして黒で鮮やかな模様が描かれて
 おります。


・五月幟
 五月幟は、端午の節句のお祝いに子供の成長を願い用いられます。

 原画をもとに下絵を描き、線の部分を切り抜き型紙を作ります。
 そして、色鮮やかな染色をおこない五月幟は作られております。


・甑島芙蓉布
 芙蓉とは、葵科のハイビスカスに似た花が咲く植物です。 
 甑島では古くから芙蓉の繊維で衣類を作っており、だいたい明治初期まで
 利用されてきました。

 一時その歴史は途絶えました。
 しかしその後、瀬々野浦集落の残されていた芙蓉の織物を参考にし、近年
 再びその歴史を刻み始めました。


・薩摩糸びな
 薩摩糸びなは、一本の割り竹を首に見立て、その先端に髪の毛のかわりに
 麻糸を垂らします。
 着物部分は、和紙や布地を重ねて作り、男女の区別は着物の色柄で作り分けら
 れております。

 鹿児島で江戸時代初期から作られる変わり雛であり、「薩摩びな」や「紙び
 な」とも呼ばれることがあります。


・薩摩切子
 薩摩切子は、薩摩藩第28代藩主・島津斉彬によりその産業が興されました。
 一時期、その歴史の火は消えてしまいました。
 しかし近年、百有余年の歳月を経てその歴史は再び動き出しました。

 薩摩切子は、被せガラスの技法とヨーロッパのカット技術の融合により生まれ
 ました。
 
 その火を絶やさないよう、素晴らしい技術が継承されることを願います。


・薩摩錫器
 鹿児島の錫器は、江戸時代に「錫山」で錫鉱山が発見されたことから始まりま
 す。その収益は、薩摩藩の重要な財源となっておりました。

 錫器の生産が盛んになったのは明治時代に入ってからで、贈答品として広く
 用いられておりました。

 錫の溶解から研磨に至るまで全て手作業で行われており、漆や酸により模様を
 作り出す独特の技法が使用されます。
 伝統的な屠蘇器や花瓶・茶筒をはじめ、現在ではビールなどを飲む際のタンブ
 ラーなども生産されています。


・薩摩つげ櫛
 江戸時代、木曽川の治水工事を機に薩摩に持ち込まれた櫛づくり。
 
 下級武士の内職として広まり、
 「柘植になりたや薩摩の柘植に 諸国娘の手に渡ろう」
 と謳われるほど人気をほこりました。

 長年自然乾燥させた柘植を手作業で櫛に削り出し、これまた鹿児島の名産品
 「椿油(桜島が有名です)」に漬け込み、自然乾燥によりじっくりと時間を
 かけ仕上げられます。


・薩摩深水刃物
 原材料に刃物鋼を使用し、火造り鍛造・焼なまし・泥塗り・焼き戻し・研磨・
 錆処理という伝統的な技法にて製造されております。

 手作業によりうまれる包丁や鎌。
 人々の生活に欠かせない生活道具として、今も生産され続けております。


・薩摩琵琶
 薩摩琵琶は、武士の文武奨励を図る目的で普及していきました。

 明治維新後は、東京を中心に全国に広まり、主に男性の奏でる楽器として
 用いられました。
 
 楽器全体を漆により仕上げられ、螺鈿細工や蒔絵などの装飾も取り入れられ
 、華やかさもあわせもちます。


・薩摩弓
 藩政時代から、県内にある豊富な真竹を使用し生産されております。
 湿気に強く、良く飛ぶと高い評価を受けています。
 
 明治から大正にかけては、全国の生産量のなんと9割を生産していました。


・サンシン
 奄美をはじめとした島々では、日常生活のなかに島唄がある。
 それらの演奏楽器(伴奏楽器)として用いられます。
 
 蛇皮線などとも呼ばれることがあります。

 もともとは沖縄から奄美に伝わったものではありますが、奄美で独自の変化
 をしました。
 形状は少し小さくなり、そのため音自体も少し高く変化しました。


・鯛車
 鯛車は、鹿児島神宮に伝わる郷土玩具の一つです。

 誕生のいわれは、「海幸・山幸彦伝説」にまつわるものです。
 山幸彦が海神の宮を訪れ、鯛の喉に刺さった海幸彦の釣り針を取り戻す際の、
 その釣り針を飲み込んだ鯛をかたどったものです。

 長年、素朴な郷土玩具として親しまれています。


・太鼓(奄美地域)
 奄美大島における、島唄・八月踊り用の太鼓として製造されてきた太鼓です。
 
 クスやセンダンの木をくりぬいた胴部分に、山羊革を貼り合わせてクサビ締め
 をしたもので、とても軽量にできています。


・大漁旗
 大漁旗は、かつては新造船祝いの際に用いられてきました。
 最近では、結婚祝いの席などでも使用されることがあります。

 糊置・引き染め・色止めなどの伝統技法により手作業で製作され、その歴史は
 120年余りになります。


・竹製品
 鹿児島県は竹林面積が日本一であるため、昔から竹を用いた工芸品が生産され
 てきました。
 その歴史は、800年もの前から続きます。

 竹製品のうち、竹ひご等を編んで製品にしたものを編組物といいます。
 その他にも、茶筅などの茶道の道具、かごやピクニックバスケットなどの
 日常生活の道具まで数多くの製品が生産されております。


・種子鋏(はさみ)
 種子鋏は、1543年に種子島に鉄砲が伝えられた際、ポルトガル人とともに
 船に乗船していた中国人鋏鍛冶により、その製法が伝えられました。

 日本では初めてとなる、中間支点式の鋏であり、その使い勝手の良さから
 その後全国に広まりました。
 切れ味も非常に優れております。


・種子包丁
 種子島は、昔から良質の砂鉄が採れる環境にあり、鉄砲が伝わる以前から、
 鍛冶を行う歴史がありました。

 しかし、明治以降、鉄砲や刀を作ることができなくなり、鍛冶職人たちはそれ 
 らの代わりに鋏や包丁の製作に取り組むようになりました。
 鋏同様、その切れ味は最高のものです。


・垂水人形
 垂水人形は、明治末期から大正初期にかけて最も盛んに生産されていました。
 しかし、戦後その流れは一時途絶えてしまいました。
 
 現在の垂水人形は、平成元年4月に復活したものであります。

 地元に残っていた垂水人形から型を取り製造されるものであり、それらは
 かつての垂水人形と変わることのない品質のものとなっております。


・帖佐人形
 帖佐人形は、粘土を型にいれ焼いた素焼きの人形に色付けした、素朴で優しい
 味わいある土人形です。

 人間や動物、また七福神などその種類は100近くに上るといわれています。
 昭和の初期頃までは、子供の誕生に帖佐人形を贈ることがありました。
 現在では、その数も減少傾向にあるようです。

 3月や5月の子供の節句に帖佐人形を飾り、子供の健やかな成長を願いまし
 た。
 

・つづら工芸
 つづら工芸は鹿児島のみならず、長い歴史があります。
 山仕事時の背負いかごなどが有名です。
 山林に多く自生する青つづら籐を使用し製作されてきました。

 現在は、背負いかご以外にも、ハンドバッグなどのおしゃれアイテムとしても
 広く用いられるようになりました。
 耐久性も高く、永く愛用できるものです。


・鶴田和紙
 身近に採れるコウゾやカジを使い漉きあげます。

 茶取り紙や障子紙、画仙紙に使用されてきました。
 手漉きならではの優しい色合いと手触りが特徴です。


・刀剣
 藩政時代の薩摩は、名刀「波之平」で名を馳せました。
 焼き刃の沸と板目肌に特徴があり、刀身は69?〜79?になります。


・初鼓
 初鼓は、竹の柄の部分を握り回すと、太鼓の左右に糸で吊るされた豆が太鼓を
 打つことで音を出します。
 「ポンパチ」という音がするため、ポンパチという愛称で親しまれておりま  
 す。

 霧島神宮の初午祭にちなんで作られた郷土玩具で、その歴史は400年近くにも
 なります。


・宮之城花器
 宮之城花器は、江戸時代から日常の生活用具として作られており、しなやかで 
 孟宗竹を根っこが付いたままの姿を生かして製作されます。

 一輪挿しなどが良く知られております。


・屋久杉小工芸品
 屋久杉小工芸品は、屋久杉をくり抜き組み合わせて製作されます。
 屋久杉の土埋木を製材し、十分乾燥させ、完成するまで4〜5年かかります。

 土埋木を余すところなく使用するため、今や伐採が基本禁止なっている屋久杉
 という資源をいかす素晴らしい製品と言えます。


・屋久杉製挽物
 屋久島では、明治のころから屋久杉を使用した日用品が作られてきました。
 ロクロを使い製作される本格的な挽物は、昭和30年代になってから本格的に
 生産されるようになりました。

 お盆や茶托、お菓子を入れる器などが製作されております。


・屋久杉製無垢物家具
 屋久杉製の家具は、明治後期から始まりましたが、それが本格的に行われだし
 たのは昭和30年代に入ってからです。

 屋久杉の無垢板を使用した作られた家具は、屋久杉独特の木目が美しく、また
 屋久杉ならではの木の香りも特徴と言っていいでしょう。

 現在では、かなり高価な家具になっております。